Quatre*Quarts

日々4分の4であること

2026年5月:介護が突然始まった

こんにちは。Q-Qです。

2026年5月の月記です。

母の骨折から始まった5月

5月は本当に怒涛の1か月でした。

楽しい台湾旅行から帰った翌日、母がベランダで転倒。
座骨を骨折し、歩けなくなって入院しました。

骨折した場所の関係で手術はなく、治療は保存療法とリハビリ中心。命に関わる状況ではありませんし、設備の整った病院に入院していたので、衣食住については心配ありませんでした。

ただ、別の問題がありました。

父の生活をどうするか

問題は父です。

母が入院などで家を空ける時には、私が食事や服薬の管理をしていました。
ただ、今回は今までとは状況が違いました。

まず、母の入院期間が長くなったこと。
そして父の認知機能が以前よりも低下していたことです。

父には軽い認知機能の低下があり、特に短期記憶が苦手です。

朝何を食べたか覚えていない。
薬を飲んだかどうかも分からない。

放っておくと同じ服を何日も着続けてしまいます。
以前からそうした傾向はありましたが、この数年で少しずつ進んできているように感じます。

薬を一式準備して目の前に置き、声をかけて初めて服薬できる状態です。

一つひとつは大した作業ではありません。
でも、それを朝昼晩続けるとなると話は別です。

そして母がいないことをについて、毎日何度も聞かれました。

思うように動けなかった

姉に言わせると、私は家賃も払っていない「居候」だそうです(笑)。

出戻った当時はフルタイムで働いていましたし、この生活はいずれ終わるだろうと思っていたので、渡せる時にはそれなりに家にもお金を入れていました。
そして転職を機会に収入が激減し、渡せなくなり、、、

過去は過去、今は払っていないのだから同じことだ、と言われればそうなのかもしれません。

ただ、私自身も同居している娘として、親の面倒はそれなりに見るつもりでいました。

一方で、母からは

「早く出ていけ」

「いつ出ていくの」

などと言われることもあり、一人暮らしの準備を考え始めていた矢先でもありました。
そんなタイミングでの入院です。

自分の活動も止まってしまった

今年は退職後の時間を使って、新しいことに力を入れようと思っていました。
特に5月からは本格的に活動を増やす予定でした。

ところが現実はそう簡単ではありません。

父の夕食やデイサービスからの帰宅時間があるため、外出していても時間が気になります。

家にいても物音がするたびに様子を見に行きます。
集中して何かをするのが難しくなりました。
結果として、人に会う機会も減り、成果物も少なく、収入にもつながらない1か月になってしまいました。

母は退院、自宅へ

幸いにも母は5月下旬に退院し、自宅へ戻ることができました。
ただし完全に回復したわけではありません。
家の中を杖でそろりそろりと歩いている状態です。

転ばないだろうか。

また骨折しないだろうか。

そんな心配をする相手が一人増えました。
正直なところ、気が休まりません。

一方で、父のサポートからは少し手を引くことができるようになり、ランチやお茶など人に会いにいく機会は増えました。

母も少しずつ家事を再開し、そのおかげか歩ける距離も増えていったように思います。

食べられなくなっていく母

退院後、気になったのは母の食欲でした。

食べてもえづく。

吐き戻す。

そんなことが増えていきました。

自分自身が食べられないからか、両親の食事の内容はかなり簡素になっていました。
(両親と私の食事は別々です)

私は買い物のついでに必要なものを聞いて買ってくることはしましたが、それ以上は頼まれるまで手を出さないことにしました。

親子だからこそ、どこまで手伝うのか。

どこから見守るのか。

その距離感は意外と難しいものです。

まとめ

そんなこんなで5月は、予定していたことがほとんど進まなかった1か月でした。

でも振り返ってみると、親が高齢になるということはこういうことなのかもしれません。

突然状況が変わる。

自分の予定通りには進まない。
それでも日々の生活は続いていく。

そんな現実を実感した1か月でした。

 

この時の私は、母の食欲が落ちていることを少し気にしていたものの、それがこの先につながるとは思っていませんでした。

5月は、今振り返ると大きな変化の始まりだったように思います。